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「東京奇譚集」から /角野恵子@パリ

東京のかとうへ、

3月11日、山梨の母から地震の知らせを聞いた直後に、
かねてから楽しみにしていたIさんとのランチへ出かけました。
Iさんはパリに出張中で、その最終日にようやく会うことができたわけです。
でも、津波の映像を衛星放送で見ていたIさんは、心ここにあらず、という状態でした。

そんなIさんに向かいながら、私が思い出したのは、村上春樹の「東京奇譚集」の中の一話
「ハナレイ・ベイ」です。

***

(中年女性のピアニストが、一人息子の死亡報告を受けます。
ハワイにサーフィンに行って、サメに襲われ、死亡した、と。
すぐに現地に駆けつけた彼女に、中年の警官がかける言葉)

P58

「私からひとつ、あなたに個人的なお願いがあります」

とサカタという初老の警官は別れ際にサチに言った。

「ここカウアイ島では、自然がしばしば人の命を奪います。
ごらんのようにここの自然はまことに美しいものですが、同時に時として荒々しく、
致死的なものともなります。
私たちはそういう可能性とともに、ここで生活しています。

息子さんのことはとてもお気の毒に思います。
心から同情します。

しかしどうか今回のことで、この私たちの島を恨んだり、憎んだりしないでいただきたいのです。
あなたにしてみれば勝手な言い分に聞こえるかもしれません。
しかしそれが私からのお願いです」

サチは頷いた。

「奥さん、私の母の兄は、1944年にヨーロッパで戦死しました。
フランスのドイツとの国境近くです。

日系人で作られた部隊の一員として、ナチに包囲されたテキサスの大隊を救出に行ったとき、
ドイツ軍の直撃弾にあたって亡くなったんです。
あとには認識票と、ばらばらになった肉片しか残りませんでした。
そういうものが雪の中に飛び散っていたということです。

母は兄のことを深く愛していたので、それ以来人が変わったようになったということです。
私はもちろん変わってしまってからの母の姿しか知りません。
それはとても心のいたむことです」

警官はそう炒って首を振った。

「大儀がどうであれ、戦争における死は、それぞれの側にある
怒りや憎しみによってもたらされたものです。

でも自然はそうではない。
自然には側のようなものはありません。
あなたにとっては本当につらい体験だと思いますが、できることならそう考えてみてください。

息子さんは大儀や怒りや憎しみなんかとは無縁に、
自然の循環の中に戻っていったのだと」


***

今回の無残な、あまりにも甚大な傷跡を見てしまうとと、
どんな言葉も無力に思えます。
「自然の循環の中に戻っていった」というには、あまりにもむごたらしく残虐だと感じます。
だけど、そこには「側」のようなものは、確かにない。
それだけは救いなのかもしれません。

それにしても政府の対応が遅い気がします。
生きている人たちを、一刻も早く守って欲しい。
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by societebonne | 2011-03-16 22:01 | 近況&その他
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